柳田國男さんが、当地、舟見を訪れた際のエピソードなどを読売新聞が…当時は、宿場町の名残もまだまだ多く残り、民家の一軒一軒の前には桜の木が植えられ、それらが北國街道沿いにずらりと…そうした風情などもさぞかし楽しんでいかれた事でしょう…^^



『柳田国男の足跡たどる : 北陸発 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE) http://www.yomiuri.co.jp/hokuriku/feature/CO023071/20171020-OYTAT50006.html 』より

(中略)

 江戸時代に本陣が置かれた舟見は、豪華な七夕で知られるが、その始まりは参勤交代の藩主の旅情をなぐさめるためとされる。入善町消防団舟見分団前には舟見の本陣の案内板があり、うっそうとした木立に囲まれた広大な屋敷が描かれている。さすが加賀前田藩、こんなに立派な敷地があったのかと周囲を見渡す。

 「舟見も昔しのばるる処なり」と柳田が記した舟見の町。日本民俗学の祖とも仰がれる偉大な学者の足跡をたどりながら、往時のおもかげをしのんだ。

 

 ★「北国紀行」

 柳田国男の紀行文。農商務省の役人として飛騨・北陸などに公務出張した際の日記をそのまま発表したもの。五箇山から城端に入り、滑川、魚津、入善ほかを視察し、風土や暮らしの違いを書き留めている。筑摩書房「柳田國男全集」などに収録。
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(コメント3の記事の写真も…昭和30年代には銀行、カフェ、映画館五館と…)
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